移動スーパーが行く(上芦川編)

白いトラックから「昔の名前で出ています」のテーマ曲が山間集落に流れる午後。上芦川諏訪神社の大ケヤキの下にトラックが止まります。運転席から降りてきたのは市川ヒロシさん。荷台へ回ると大きなトビラをパタンパタンと開き始め、あっという間にお店に早代わり!そう、ヒロシさんのトラックは移動スーパーなんです。週に4日は芦川のどこかを走っているといい、テーマソングを合図に、お客さんが買い物に出てきます。芦川町出身の市川さん(通称ヒロシ又はヒロちゃん、あるいは市川くん)は生まれ育ったこの地域に、もう35年も新鮮な食品を届けているのです。実家は上芦川でかつて商店をしていたそうで、移動販売車で毎日のように訪れるヒロシさんを、地域のお年寄りは心待ちにしてくれています。子供の頃から知っているという信頼関係は何よりも得がたいもので、ヒロシさんが35年間もこの商売を続けてこられた一番の理由でしょう。「みんな知り合いだよ、このおばちゃんは俺の親(仲人さんの事)」とヒロシさん。子供の頃から知っているおじちゃん、おばちゃんの気安さで、会話もはずみます。

大ケヤキの下が定位置の移動スーパー

冷蔵ケースの中には生鮮食品などが入っています

「この間頼まれた○○を持って来たよ」「畑の帰りで、今日は金を持ってこんから、次でいいけ?」ほほえましい会話が展開します。牛乳や卵を毎回ヒロシさんから買うという人、みかんをぶら下げ杖をついて帰る人、友達へあげるお菓子を買って背負いかごに入れるおばあちゃん、妻に代わり買い物に訪れた人、畑へ行く途中に立ち寄る人、別荘へ来ている人がミニバイクで駆けつける・・・のどかな光景が繰り広げられます。そこは買い物の場であり、同時にコミュニケーションの場にもなっています。お客さんの大半は70歳以上のお年寄りで、特に運転免許を持たない場合は、移動スーパーが頼りという人も少なくありません。昨年の台風でいつも通っている道が通行止めになり、河口湖経由で行った事もあるそうです。そうまでして行く理由は、「やっぱり、待っててくれる人がいるからね」とのこと。また昔のつきあいを大切にしていて、「信用を裏切っちゃいけない」とも。注文の電話がかかってくる事もあって、依頼された商品を奥さんが軽ワゴンで届けたりもしています。そんな積み重ねが信用をより強固なものにしてきたのでしょう。

頼まれ物を確認するヒロシさんとお客さん

掛売り帳も兼ねるヒロシさんの手帳

いつも買い物してくれるおばちゃん。スカーフと笑顔がステキです

お客さんと会話がはずみます

今日は何を買おうか

地域コミュニケーションの場でもあります

上芦川の午後、元気な笑顔を見せてくれるお年寄りがとても多いです。ただし、カメラを向けるとみなさんシャイなあまり、必死で拒否されるケースも多いです(涙)。ほとんどの人が畑仕事に精をだし、まだ春浅いこの季節から農作業は始まっています。今はほうれん草が有名ですが、昔から芦川はこんにゃくの産地でした。今もこんにゃく芋から手づくりする技は生きていて、芦川の直売所「おごっそう家」でも美味しい手づくりこんにゃくを買うことができます。野菜は自給自足が主体ですから、移動スーパーで野菜なんて買わないんじゃ・・・と思いがちですが、ヒロシさんのトラックにはサツマイモ、キャベツ、きゅうり、たまねぎなど常備野菜がたくさん並んでいます。今の時期には野菜もできないし、芦川で育たない野菜はやっぱり買うしかないわけですね。いちごやみかんなど季節の果物も並び、みんな八百屋のヒロシさんが市場から仕入れたものです。その他、移動スーパーの中には所狭しと商品が積まれています。生鮮食料品(肉・魚)、果物や野菜、卵や乳製品、乾物・缶詰、調味料、お菓子・パン類、麺やお惣菜等々。しかもコンパクトに収納されていて、移動スーパー独自の収納ノウハウもあるのでしょう。

高齢化が進み過疎化していくのは淋しいし、移動スーパーとしても厳しい時代ですが、ヒロシさんは元気な間は続けたいと言います。「働くのがすきなんだね」。35年の間には印象的な思い出もあるでしょうね?と聞くと、しばらく考え込んで、「あっという間だったよ。あー、昔は今みたいに防寒がしっかりできなかったから、冷えすぎて痔になったり霜焼けができたなあ」・・・痔と霜焼けですか・・・。底冷えの厳しい真冬でも、ヒロシさんの移動スーパーは芦川を走り続けてきたんですね。

畑仕事へ行く途中でひと休み

軒先ではみかんの皮が乾されていました

野菜も色々あります

荷台の中は コンパクト収納

お年寄りも移動スーパーでの買い物が楽しみです

車が一般家庭に普及する以前は、交通の不便な地域で移動スーパーが活躍していたようです。しかし、ひとり一台の車所有時代になると、遠い町へも買い物に出掛けられるようになって、移動スーパーは減少していきます。車の運転免許を持たないお年寄りや足腰が弱ってきた高齢者にとって、それはとても不便なことです。いわゆる「買い物弱者」とか「買い物難民」と言われ、昨今では都市部でより大きな社会問題になっています。高度経済成長時代に郊外のニュータウンや団地に移り住んだ団塊世代が、今、高齢化しています。町内の商店街が元気だった時代は、お肉屋さん・魚屋さん・八百屋さん等が軒を並べ、ご近所で買い物ができました。しかし大規模スーパーが林立するようになると、商店街はシャッター街となり、最近ではその大規模スーパーですら採算が取れずに閉店することも多い時代です。加えて、マイカー普及で在来の公共交通網がどんどん無くなり、車だけが唯一の交通手段というところも多くなりました。元気な頃は車で一時間かけて買い物に出掛けられたとしても、いずれは運転に不安を感じる年齢になります。その時、一体どうやって買い物をしたらいいのでしょうか?そうです、移動スーパーはそんな時代に応えるものなのです!ヒロシさんにそれを言うと、「そうだよ、極端な話、移動スーパーは災害時だって道さえ通ればどこへだっていけるからね!」と力強いお言葉です。

おばちゃんたちを笑わせるヒロシさん

経済産業省は全国に600万人の買い物弱者がいると推計しています。その人たちを支えていくために「買い物弱者応援マニュアル」を発行して、地域住民や流通事業者、商店街関係者、自治体職員などへの参考資料を提供しています。もちろん、移動スーパーも強力な応援ツールとしてあげられています。また、この中にある「ノーソンくらぶ」という地域住民で作ったNPOの取り組み「住民出資の共同売店」もとても興味深いものでした。閉鎖された農協の支店を改装して店舗を立ち上げ、住民に徒歩圏内の日用品などの買い物を可能にし、同時に地域の農産物を街の大型スーパーへ委託販売する事業を行って、住民の現金収入を得る道も開拓しています。生鮮品などを扱う他の事業者との共存を図るために、競合する商品は販売していません。難民とか弱者といったマイナスイメージの言葉を吹き飛ばす、そんな元気ビジネスが全国各地で生まれつつあります。

芦川について言えば、農産物直売所が開店したことにより、農産物や加工品の販売場所と雇用が生まれました。それまでなかった二つのものが生まれて、地域は元気になりました。この先更なる発展をしていくために、販売ルートの開拓やお客さんを呼び込む魅力の発掘に力を入れていく必要があると思います。山あいで生きるお年寄りが農産物直売所や移動スーパーと協力しながら、共存共栄できる仕組みが出来ると、もっと楽しく暮らしやすい場所になります。どこにもない、ここにしかない素晴らしいものをどんどん増やしていって欲しいと思います。(取材:ちゃめ/2012.3)

ここでは個人の庭先を借りて店開き

芦川はかぶと造りの家が多く残っています

きっと誰もが懐かしいと感じる心のふるさとがあります

 

ページトップへ

〒406-0834 山梨県笛吹市八代町岡513-5 Tel.055-287-8851 Fax.055-287-8852
Copyright 2009-2012 Fuefuki-syunkan.net. All Rights Reserved.