菜の花で育てる地域の未来
<御坂町若宮地区菜の花プロジェクト>

笛吹市御坂町の若宮地区は、ゆるやかな扇状地から山あいに入っていく入口にあります。地区内では笛吹市の特産物でもある桃の栽培が盛んです。特に地区西側の高台に広がる桂野台地は、ゆるやかな傾斜地一面に桃畑が広がり、春には素晴らしい景観と展望が楽しめます。

一般に言う「菜の花プロジェクト」とは、菜の花を活用した「資源循環サイクル」への取り組みです。まず、遊休農地等で菜の花を栽培することからスタートします。花が咲く景観は観光客を呼び込み、イベントなどを通して内外との交流も生まれます。花が終わった後はナタネ油をしぼって食用に使います。プロジェクトが最終的に目指すのは、搾油時に出た油かすを肥料や飼料として使い、廃油はせっけんや軽油代替燃料(BDF)にリサイクルして地域で再利用する「資源循環型社会」の構築です。2000年前後から始まり、さまざまな自治体や市民団体によって全国へ広がったプロジェクトです。

山梨県では中山間地域の活性化や耕作放棄地の解消・農地の有効活用を目指して、現在、県内10地域(総面積13ヘクタール)で取り組まれています。農村景観の保全や地域コミュニティーの醸成、循環型社会の構築へ向けた意識の高揚を掲げて、ふるさと水と土基金からの支援事業として行われています。ここ若宮地区では平成21年度から、地区役員・地域住民・御坂東小学校が連携してプロジェクトに取り組んでいます。もちろん支援事業以外にも、県内の市民ボランティアグループや個人が菜の花を通じた種々の取り組みをしています。

菜の花プロジェクトの模式図

菜の花プロジェクトの模式図

ところで、中山間地域という言葉は農林統計用語です。耕作地の傾斜や林野率などから、都市的地域・平地農業地域・中間農業地域・山間農業地域に分けられ、その中の中間農業地域と山間農業地域をあわせた言葉なのです。平野の端から山間地にかけた地域で、傾斜地や山林が多くを占めているエリアです。中山間地の総面積は国土面積全体の65%にのぼり、全耕地面積の4割を占めています。こうした地域では高齢化や過疎化によって、耕作放棄地や遊休農地が増加しています。同時に農村集落のコミュニティ機能も低下し、伝統祭事の衰退、鳥獣害の発生、景観の荒廃など、社会的にも様々な問題が生じています。そして、これはこの地域だけの問題ではありません。中山間地域は自然環境や国土の保全、水資源の涵養などの役割を果たしていて、豊かな自然や多様な生態系を生み出す源です。また、美しい農山村風景は日本の原風景でもあり、伝統文化の伝承といった多面的な側面もあります。この地域が荒廃して行くことは、平野部や都市部住民にとっても大きな問題と言えます。全国各地で中山間地域を取り巻く問題を解決しようと様々な取り組みがされていて、山梨県での菜の花プロジェクトもそのひとつです。

豊かな自然や生態系を生み出す中山間地域

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増加する耕作放棄地

若宮地区の菜の花プロジェクトにおいて、中心的役割を担っているのが「ふるさと水と土指導員」の存在です。水と土指導員とは、農地や水路・ため池などの農業用施設や農地の保全を目的とした地域住民活動に必要な助言・指導をする地域リーダーです。同時に県や市と地域をつなぐパイプ役でもあります。山梨県では現在117人(第9期平成23~24年度)が任命されていて、笛吹市には7名の指導員がいます。御坂町若宮地区では、弦間一豊さんが「ふるさと水と土指導員」として活動しています。

若宮地区と桂野台地

夏には美味しい桃が実る

若宮地区の菜の花プロジェクトでは、増加をたどる一方の耕作放棄地を、住民の協力で再整備することから始まりました。その際、たまたま若宮地区の区長と指導員を兼務していた弦間さんは、山梨県による耕作放棄地整備・景観保全事業を知り、遊休農地所有者から土地利用に関する承諾を得ることができました。耕作放棄地では権利関係が不明などの問題が多く、なかなか地権者の承諾を得られなかったりするのですが、幸い若宮地区では地権者である住民やその親戚の方々の協力によって、1.3ヘクタールの耕作放棄地を再整備することができました。

再整備した畑に菜の花の種を蒔いたのは、平成21年の秋でした。この時、御坂東小学校に隣接する畑には、小学生達が種を蒔きました。これは弦間さんが若宮区長として小学校の運動会に招待された折、先生に菜の花畑の話をした事から実現されました。学校側としては、児童が地域と一緒に取り組めるテーマであり、環境学習の一環として大変良い体験になると思い、積極的に参加しました。

整備前の耕作放棄地

整備後の様子

整備作業

小学生による種まき体験(学校に隣接する畑)

菜の花は秋に種を蒔けば、あとはこれと言った手入れは必要ありません。小さな株で冬を過ごし、春になるとぐんぐん伸びて、やがて黄金色の花を咲かせます。ちょうどこの頃に桃の花も開花し、黄色と桃色の素晴らしい景観を生み出します。平成22年の春、桂野台地に1.3ヘクタールの菜の花畑が出現した事で、大きな観光資源が生まれました。遠く一宮町あたりの中央道からも、「黄色と桃色の帯」が見えるので、それを目指してたくさんのお花見客が訪れたそうです。地区で農産物を販売するテントを設置し、地域の人達が自由に販売できるシステムにしました。また菜の花畑の中にお花見用の道を作ったり、自由に菜の花を摘み取ってもらったり、有志による展望台にベンチを設けたりと、この地を訪れた人に楽しんでもらいたいという、地域の皆さんの「おもてなしの心」があちこちに感じられます。菜の花畑を通じて、観光客と地域住民との交流が大きくふくらんだ春でした。

また、若宮地区では住民が自分たちの住む地域を再認識することを目的に、実際に桂野台地を歩いてお花見する「歩け歩け大会」というイベントも行われ、100名以上の参加者が菜の花と桃の花に彩られた郷土の春を楽しみました。

桃の開花情報」取材のために、早春から頻繁に桂野台地を訪れますが、菜の花と桃の見事なコラボレーションには毎度感動させられます。若宮地区のプロジェクトとは別に、個人的に菜の花を植えている農家の方もたくさんいて、私の担当する黒駒エリアはまさに「菜の花と桃の饗宴」ポイントと言えます。それに菜の花がつぼみのうちは、おひたしや天ぷらにして食べると大変おいしいので、摘み取り自由な菜の花畑(マップ参照)で、ぜひ体験してみてください。

桃と菜の花の素晴らしいコラボレーション。ここは摘み取り自由な菜の花畑

週末はお花見の車が並びます

農産物を販売するテント

有志の方が作った展望台とベンチ

菜の花畑の中を歩けるように作った道

さて、桃の花が終わると、菜の花は実を結んでナタネができます。御坂東小学校に隣接する畑では、鎌による刈り取り作業を3年生以上の小学生に体験してもらった他、天日で干したサヤを踏んで種を採る作業を、主に低学年が行いました。桂野台地の畑はコンバインで一気に刈り取りました。コンバインによる刈り取りは、菜の花プロジェクトに取り組む笛吹市のボランティア団体「えこふく」さんに紹介してもらい、北杜市の農業法人へお願いしたそうです。コンバインは脱穀まで一度にできる為、あとは自分たちで乾燥作業を行いました。その後は工場で搾油してもらい、ナタネ油小びん(270cc)120本、大びん(540cc)20本になって戻ってきました。このナタネ油は若宮地区各戸へ配布した他、御坂東小学校児童へも贈呈しました。

鎌によるナタネの刈り取り体験

児童による種ふみ体験

コンバインで刈り取りから脱穀まで一度にできる

収穫されたナタネ

しぼったナタネ油

御坂東小学校児童へ地区役員が贈呈

この間、県は常に調整役としてプロジェクトの進捗を見守り支援してきました。ふるさと水と土基金事業として、若宮地区のプロジェクトを高く評価しているそうです。何よりも行政主導ではなく住民が中心となり、小学生も巻き込んだプロジェクトになったのが良かったとのこと。これからも山梨全県にこうした取り組みを増やしていきたいそうです。まだ景観作物として植えられる事がほとんどですが、今後は油かすを肥料や飼料へ、廃油をせっけんや軽油代替燃料(BDF)へリサイクルして再利用する「資源循環サイクル」への啓発にも力を入れていきたいそうです。学校へ直接出向き、環境学習の一環として「出前授業」を行ったり、地域イベントで啓発活動も行っています。そこに住む人が自分の地域を見直し意識を変えていくことが、増え続ける耕作放棄地の解消に役立つのではないかと、県の担当者は言われていました。

甲州市松里小学校での出前授業

地域イベントでの啓発活動

弦間さん自身がこのプロジェクトに関わった感想として、地域の遊休農地を解消するために育てた菜の花でたくさんのお花見客が訪れ、子供たちの教育にも協力することができた事、そして若宮地区全戸へしぼったナタネ油を配布できた事がとても嬉しかったと言います。たまたま若宮区長と指導員を兼任していたので、地域や学校、市や県との連携がスムーズにできた事もラッキーだったそうです。

この一連のプロジェクトを通して地域と学校の関係が深まり、子供たちの教育に対して協力体制も築かれました。子供が育つ環境には保護者だけではなく、地域住民との関係も大切です。この冬行われた御坂東小学校での環境学習発表会にも、父兄や地域の方々が参観に来ていました。学校としては今後も地域ぐるみの環境保全に取り組みたいと考え、学校に隣接する畑では今、ヒマワリやコスモスを育てているそうです。

御坂東小学校

御坂東小学校で行われた環境学習発表会(2011.2)

菜の花の後に植えられたヒマワリ

コスモスも咲きはじめています

今後の展開は?との問いに、弦間さんは「もっと菜の花畑を増やしたい」と言います。それから、「観光客の人におみやげとして買ってもらえるような特産品があるといい。そのための加工施設も欲しい」など、夢は広がります。弦間さんはこの春に若宮区長を次代にバトンタッチし、菜の花プロジェクトも新区長へと引き継がれています。夢は引き継がれ、やがてナタネを蒔いた子供たちに受け継がれていくことでしょう。

2011年3月11日に起きた原子力発電所の事故により、深刻な放射能汚染が広がり今なお収束には至っていません。ひとたび汚染された土壌では、長期間にわたり農作物を作ることが出来ないそうです。しかし、旧ソ連のチェルノブイリでは日本のNPOの支援を受け、放射性物質(特にセシウム137やストロンチウム90など)を良く吸収する菜の花の栽培によって、汚染された土壌を「再生」する試みが行われており、福島第一原発事故被災地への応用も検討されているということです。アブラナ科の植物を選択したのは、収穫後にナタネ油からバイオディーゼル燃料を、葉や茎・根・さや等のバイオマスとナタネの油かすからバイオガスを生産できるため、エネルギーの創出と同時に土壌の浄化を兼ねる事ができるそうです。チェルノブイリでの取り組みは、菜の花によるエネルギー自給型農地再生プロジェクトです。菜の花という植物が果たす役割の重要さを思う時、私たち人間は何を守っていくべきかが示されているのではないでしょうか。

都市生活の豊かさとは異なりますが、農村の暮らしは豊かでおおらかな祖先の英知に満ちています。自ら耕す大地を汚さないために、豊かな実りを授かるために、自然に対する敬意を忘れずに暮らしてきました。今こそ、そんな暮らしが切実に見直されてきています。子供たちが自分の住んでいる地域の文化や自然を知り、その英知を受け継いでいって欲しいと思います。この菜の花プロジェクトは、未来を生きる子供たちの大きな出発点となっています。(取材:ちゃめ)

 

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